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あの日母は息子に暴行を加えられた。

深夜だった。
救急で病院に運ばれた母は、検査を受けた。

医師から父に告知があった。
『肋骨が3本折れてます』。

その後の数日については詳しくは話さない。
たぶん書ききれないし、内容も壮絶過ぎるので。

私は、実家にまだ残っていた自分の持ち物をすべて運び終えた。

「もうこの家に来ることはないな」

3日後、兄から連絡があり
母に電話をするようにと言われた。

しなかった。

4日後、母から電話があったが、私は仕事であったため出られなかった。

伝言が入っていた。
「仕事が終わったら電話しいや」

穏やかな口調だった。今までのような怒りの感情は、その声からは感じ取れなかった。

「今日は機嫌がいいのか」


深夜12時、薄汚いボロアパートにつくと
私は母に電話をかけた。

裁判の話かな。
傷害罪やもんな。


・・・・・



『仕事おわったん?』


息子
「忙しかったしな…
 ごめんなさい。あんな目にあわせてしまって」


『日にち薬や。時間がたてば治る。…また正月帰ってきいや』

「もう二度と帰るつもりないわ。ぼくが帰るといつもああいうことになるし。神経質な子供はうっとうしいやろ。
 いつも気ィ遣うのしんどいやろ。だから帰らんほうがいいねん。ぼくは家にいたらあかん人間や」


『そんなに考えることないんちゃう?
 正直、あんたに暴力振るわれた時はショックやった。恨んだで。
 でもな、あんたの気持ちも理解してなかったし
 あんたがどんな思いをして親孝行してきたか考えてなかったお母さんも悪かったと思う。
 ずっとあんたには我慢させてきたもんな。
 兄弟は皆病弱やったし、お父さんは毎日パチンコいってるし、
 小さい頃からあんたにろくにかまってやることもできんかった』


・・・
幼小時代。
昔の父は母にひどい暴力を繰り返してきた。

4歳だった。
私は怖かったのでテーブルの下に隠れていた。


ガツン!!!



驚いて母を見ると、頭からものすごい量の血を流していた。
泣いていた。

父は皿を母の顔面に投げつけたのだ。


今でも母の額には一生消えることのない切り傷がある。
絶対に消えない一生傷である。

父はそれでもパチンコに毎日出かけ、
金がなくなると母を殴り、蹴り、さんざんな目に遭わせた。

だから私がキレる少年と化して母を殴ったとき、父は私に強く叱れなかった。

まさか


まさか自分の息子が
自分と全く同じことをするとは!!




父は苦しんだに違いない。



話は今に戻る。

翌朝、また電話があった。

「今度はまた機嫌が悪くなったか」


違った。


「体が痛くて起きれないので、朝泊まって起こすのを手伝ってほしい」
ということだった。

自分がやったことなので、それに母が心配だったので私は申し訳ないが、
自分の実家に泊まらせていただいた。
あとで宿泊費渡しとくか。

家には母ひとりだけだった。
誰も見ていないのか。

「お父さんは?」

『パチンコ行った』


「だってこんな状態やろ。動けへんのやろ。なんで?」

『昔からそうや。わざと連絡とれんように携帯も家に置いて行ったわ』

私は唖然とした。
母がけがをして起きられないというのに、(私がやったんだが)
今は父がそばにいて安心させてやるのが当然だろう。
まだパチンコに行き続けるのか?しかも電話も置いて行くなんて。

・・・・・
だが母を起こす時に、私はあることに気づいた。

「おれの母親ってこんなに痩せてたかな」


しかも
その日私は衝撃の事実を目の当たりにする。

私は動けない母に、あるお金の振り込みを頼まれた。

カードと何枚もの万札。
これを銀行に行って振り込んでほしいと。

私は黙ってそれを預かり、銀行へと向かった。

そして借金の残高を見たとき、驚いた。



なんやねんこの金額・・・

これ・・・あと何年かかる?!!



私は問うた。母に。何の金か。



学費である。

兄と私を私立大学に。
弟を私立中学、私立高校に行かせるために借りた借金である。

「これ誰が払ってんの?」

私は月々母に金を渡している。
それは大学進学に多額の金がかかったからだ。

だがそれとは別に、母は多額の借金を返していたのだった。
私以外にも、兄も弟も私立の学校へ通った。
当然、兄は兄で、また弟は弟で払っているものと思っていた。

私からしてみれば当たり前である。


しかしそれは甘かった。

いまや私以外誰も
自分にかかった学費を払ってすらいない。


私は思う。
自分にかかったカネぐらい自分で払えやと。

母は中卒である。
父も中卒である。
高校や大学へ行きたかったがいけなかった。

私は行かせてもらった。
だから自分の学費ぐらい自分で返したい。
これは親孝行でも何でもない。



私は後悔した。後悔している。

「親が子供を学校に行かせることぐらい、当り前だろう」
以前はそう思っていた。
しかし
あのカードと、何枚もの万札を見たとき
私は何も言えなかった。言ってはならない。
学校行かせるのは当たり前…そんなこと二度と言えない。

母は、3人のバカ息子の学費を捻出するためあらゆる所から借金をした。
それが返せないから、さらに他から借りてそれを返済にあてていたのだった。
利息は雪だるま状に増えていった。




昨日コインランドリーへ行った。
母の服をたたんだとき、また悲しくなった。

「おれの母親って、こんなボロい服着てたんや…」


母が贅沢をしてる姿を、一度でも見たことがあるか?


なんで今まで気づかなかったのだろう。
俺は今まで何をしてきたのだろう。

自分はちゃんと納めてるから。
それで済ませていた自分が本当に情けなくなった。

自分は好きな洋服を買い、好きなバイクに乗り、結構好き放題やっている。
「だって払うもんはちゃんと払ってるやろ。だから残りは自分の給料で何買おうが勝手やろ」
その考えはもうやめよう。

情けないが兄はもう一切、自分の学費は自分で返さないだろう。

だから私は母に言った。

「3人にかかった学費は、自分が払う。」

『でもあんた以外のもんにもあてたお金やで』

「兄さんはどうせ出す気ないやろ。ぼくが全部払うから」

さすがに3人分を私一人で負担するのは…と思うが
金などあとでどうにでもなるので、気にしていない。
どうせ誰も出さないから(ケチやね~)私が代表しよう。


母が酒でも飲まないとやってられない気持ちもわかる。
母が怒鳴るのもよくわかる。
今は。

どんな苦労をして子どもを育ててきたか。
この年になるまでそれがわからなかったことが、本当に恥ずかしく、悔しい。

3人ともバカ息子で、苦労かけたな…。


母は九州へ帰った。
正月に帰るのは何十年ぶりだろうか。

ろくに帰ってないもんな。
我慢ばっかりさせたな…

本当に悪いことをしてしまった。


子どもが全員アホでも、
何不自由なく、全員の希望する学校までだした。
自分をいつも犠牲にして。



何を言っても親は常に自分の子供のことを考えている。


だから
母は真の『ゴッドマザー』なのである。

お母さん、ありがとう。

                ~ゴッドマザーシリーズ 永久活動停止~


2月、新マシン登場。お楽しみに。
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コメント

ぬおぉ~。感動しますね。
大ちゃんにもゴッドマザーにも。

御隠居さん

早いな~(笑)
今投稿したばっかりなのに。
いつもコメントありがとうございます。

さすが常連さん、今後ともよろしくお願いします!

そろそろTOP画変えますね。

ウチの息子に飲ませたいので
大ちゃんの爪の垢を送ってください‥‥

せいさんへ

コメントありがとうございます。そんなたいそうなことじゃないですよ。ぼくは親には苦労かけましたからね…
すごく後悔しています。



なるほど、そういう結論になりましたか。

いつも読ましてもらってたんですが、言葉が見当たらなくって
申し訳ないのですが静観していました。

今度ゆっくり酒でも飲みましょう。

KOIZUMIさんへ

コメントありがとうございます。

確かに自分がもしこの記事を読んでも、どう言っていいかわからないと思います。
また是非飲みましょう。
(ちなみにtop画は淡路島ツーリングのときの写真です。)

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