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私は第1大隊の第1中隊、第44班に配属された。
班、はつまり小隊いちばん小さな集団だ。

班は9人から11人ぐらいの人数で編成され、その新兵たちを教育する教官が『班長』。

ここで階級の話をする。なお、自衛隊にはたくさんの採用区分がある。
以下は任期制隊員で入隊した場合の話で、ほかのコースとは異なる。

まず新兵とは入隊したての隊員を言う。2等空士(2士)だ。
入隊して10カ月が過ぎると今度は1等空士(1士)に昇任し、その後1年を経過すると空士長(士長)に任命される。
空士長になった後、一定期間を過ぎると今度は3等空曹(3曹)への昇任試験を受ける権利を得る。
これがけっこう難しいらしい。
らしい…というのは私は受けてないからだ。
ブログがばれて自衛隊を辞めたから(笑)。
まず1回目の試験で受かることは可能性0らしく、何度も受けてやっと昇任するのが普通…のようだ。

でも過去の問題を見たが、ハッキリ言ってこの昇任試験はあまりにも簡単だった。
学生時代にごく普通に勉強した人であれば、たぶんその気になれば誰でも受かる。そんな試験だ。
中学3年生レベルの筆記試験と、体力試験。
あとは面接。これは上の人間をうまく騙せばイケる。面接なんて結局面接官をどれだけ騙すか、なのだから。

普段の仕事もバリバリできるようになり、めでたく3曹になった中堅の隊員は教育隊の教官すなわち『班長』として4カ月ほどの新兵教育のためにここへ来る。
彼らは普段の専門職種をこの期間だけは離れ、教育隊の仕事に専念する。

私の所属する第44班の班長は26歳の住田3曹という人だった。
まず住田班長とは面接をした。

初めに言われたのがこれだった。



『辞めたくなったら遠慮なく言え』
毎年脱走者が出る。

集団生活や慣れない場所…辞めたくても言うに言えない者は夜中突然、基地の柵を飛び越えて脱走するということがあるらしい。

これは私もよくわかる。
脱走はさすがに考えなかったが、ここでの集団生活は確かにストレスをためる毎日でいつも自分の部屋が欲しいと思った。

そう自衛隊は集団生活
6人部屋なのだ。

特に海自出身の先輩ヅラした奴らがうっとうしかった。

毎年毎年…陸自や海自から逃げてきた奴らが空自に入ってくる。

迷惑で仕方なかった。威張る奴がいるからだ。
いくら自衛隊経験者といってもたかが何カ月か1年そこそこで辞めた奴らだ。
しかも空自に入れば同期。
なのに『俺は自衛隊のことをよく知ってる』と先輩ぶった態度をする奴らは、私にはどうも好きになれなかった。
やはり奴らは内容もショボかった。
匍匐(ほふく)もまともにできない者、腕立て3,40回ぐらいでヘバる者、持続走を途中でリタイヤする者。
一言でいえば根性がないのだ。

訓練はたいしたことなかった。
集団生活がきつかったのだ。

そんな奴らと寝食を共にしなけらばならないのだから。

内村2士という海自出身の新兵がいると言った。
そればかりでなく、我が第44班にはもう一人井元2士という海自出身の新兵も居た。
こいつもけっこうめんどくさい奴だった…

                   ~第5話へ続く~
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