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自衛隊の営内は1部屋に6人分のベッドとロッカーが設けられ、仕切りはない。
病室に仕切りがない所を想像してみるといいだろう。

元海自の井元2士の話によると
教育隊を卒業し、部隊勤務が始まると仕切りのついた部屋に入れるということだったが
実際は教育隊も部隊もあまり変わらなかった。

少し私物が置けるということぐらいか。
部隊勤務になると、仕切り(パーテーションという)のついた部屋になるということだったが
それはもう過去の話である。
昔は営内居住の自衛官で自殺者が多く、『なんで同じ部屋の隊員が自殺するまで気付かなかったんだ』と幹部たちがパーテーションを取り払ったらしい。(自衛官の自殺率は、日本の平均をこえるらしい)

基地内で生活する限り、プライバシーのない日常は続くということである。
これは神経質な私にとってはいやだったが
反面隊員とのコミュニケーションを取るには有利な面もある。

が、はっきり言ってやり過ぎだろう。
パーテーションを外すとか、営内の規則を決める幹部はだいたいわかっちゃいない。
そこで生活する本人でないとわからないのに、一方的に規則を作り上げる幹部自衛官。
民間企業でも同じだが。
(いま民間企業にいるが同じようなことが、やはり少なくない)

22時の就寝ラッパ鳴ったらテレビ消せや!!
あんたは良くても俺は朝早いねん!!!
規則守れや!!!

若かった私は一度激怒したことがあった。
集団生活は本当にめんどくさいものである。我慢の連続。
でも私の生活習慣が他の同部屋の隊員に迷惑をかけたこともおそらく何度もあると思う。
みんな我慢。

さて教育隊に話を戻そう。
教育隊では22時の就寝ラッパが鳴る前に就寝点呼なるものがある。
もうだいぶ忘れたが
「第49班 総員11名事故なし現在員11名 健康状態以上なし!!!」
などとでかい声で、見周りの班長(すなわち教官の空曹)に報告し
正式に就寝となる。
正式に就寝ってなんやねん(笑)

その後は男子お決まりのお下劣な話、今まで何やってたとか以前は何だったとか俺は凄かっただとかそういう低レベルなくだらない話などでやかましく、22時に寝れる人はあまりいなかったんじゃないだろうか。
はよ寝ろや。

何が「俺は凄かった」んだ(笑)
ある意味でお前は凄いなと、当時私は彼らを冷ややかな目で見ていた。
ただ、隣の班で凄く面白い奴がいて、
いつもある班長のモノマネをする声が聞こえてきて
毎日笑っていた。
しかしその隣の班の班長は体罰で有名な男で、
隊員が携帯電話を充電していたら、彼のベッドを蹴飛ばし充電器のコードを引きちぎるという事件が起こった。

そこまでやらんでもええやろ(笑)

                   ~第10話を待たれよ~
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